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エピソードの記憶

いわゆる業界用語的な「エピソード記憶」とは違うので誤解なきよう。

私は自分で
「子供らしくない変な子供だった」
「暗黙の了解が理解できていなかった」
という自覚がある。

なぜ
・周りと同じに出来なかったか
・周りに合わせようとしてやったことが外しまくって恥をかいたり
 自分だけ怒られるハメになったのか
・何が正解だったのか(或いは何が間違っていたのか)
などは、あの頃も解らなかったし、今も解らない。
だけど自分が周りのみんなと何かタイミングなり感覚が違うことだけはわかるんだよね。

私に出来た事は、「とりあえずみんなの近くでは何もしないこと」だった。
それに、何より、みんなが自分の事で論議するのは嫌だった。
話題の中心になって恥ずかしいとかよりも、自身が問題となり、時間が止まってしまうのが嫌だった。
まあ、それほど「問題児」というわけでもなかったのだけど。

自分のしたことを客観的に記憶しているだけに、今でもなお、恥ずかしさなどは消えない。
おかしいことをしたのは解る。細かい理由などはわからなくても違ったという自覚だけはある。
だからこそ、未だに恥ずかしい。

我が夫の昔の話なんかを聞いていても、全然うろ覚えだし、
恥ずかしい経験みたいなのは恥ずかしい記憶としてはインプットされていないように思える。
「誰々に何々って言われた、された」
とか、或いは自分の主張は覚えているようなのだけど、
周囲との違和感は本人はまるで感じていなかったようで、本当に不思議である。

今日、夫に、
「私は悪ノリしやすいところがあって、しかもよく外していたんだよね」
と話すと、具体的な事例を求められたので説明したのだけど、えらく恥ずかしかった。

んで、悪ノリもしやすかったけど、正義感みたいのもバカに強い子供で、
それもまたよく外して自分が落とし穴に落ちてた。
そういう話は、あまりに昔の自分が哀れというか滑稽すぎて可哀想になってくるくらいだ。

あー、恥ずかしかった。
こんな恥ずかしい思いをしたんだから、暫くは仕事で何かあっても恥ずかしい事に耐えられそうだ。ははは。

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テーマ : アスペルガー症候群・自閉症スペクトラム
ジャンル : 心と身体



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