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仕事―好きな事と得意な事は違う

嫌いな事と苦手な事が一致しやすいのは良くあること。
多分苦手だから嫌いになりやすい面がある。

しかし、好きな事と得意な事というのは意外に違うものだと思う。
我が夫が好きな事を仕事にしたいのに上手く出来ないのも、そこが見えていなかったからだと思う。
ちなみに私は、実のところデザインとかは好きでも何でもないけど、
「嫌いでもないし続けられる仕事、一応周囲には重宝されている」
からやっている。これは意図的とも言えるし、好きな事というのを仕事にするつもりはないからでもある。

好きな事を仕事にするというのは、とても苦しい場面が多い。
特にクリエイティブな仕事で商業デザインの場合はそうである。
自分の趣味嗜好とは最初にずばっと線を引かねばならない。(引いた後に載せる感じかな)
いつも自分の制作物やアイデアのダメさ加減と戦いながら、懲りずに進まねばならない。
そういう冷静さが必要。

夫は絵を描くことが好きだし、ゲームも漫画も好きだ。
特定の分野については詳しいことも多いけれど、ではそれをどうキャッシュに換えるのかというと
そこが難しいし、特性上、自分が良いと思ったら相手の顔色や制御をガン無視で突き進む。
そして怒られたりして「せっかく俺が良いアイデア出したのに!」と腹を立てる。
良いアイデアとニーズの差を気付きにくく、一度揉めると冷静なんかじゃいられない。
そんなことより、それらを職業にするための手順を踏んで来たかというと、
まるでそんなことはない。

・・・と、夫のダメさ加減を言いたいのではない。

夫は絵もゲームも漫画も虫も趣味で楽しくやれば良いと思う。
それよりも仕事にしたら、本人が楽しくて仕方が無いというわけではなくても、
苦痛じゃなく続けられる業種、業態というものはあると思う。

例えば、
・毎日きちんと遅刻せずに行く事
・礼儀正しいところ(たまに空気読めない行動が無礼に思われる事があるが)
・業務上、やれと言われたことに対してはフットワークが軽い(やりすぎたりパニクったりするが)
などがある。(他にもあるが、実は今とても眠い)

「そんなの当たり前じゃん」
と?

それすら出来ない人は少なくない。
発達障害とかまるで関係なく。

(ま、私も技術や食いっぱぐれない程度の経験とセンス(?)があるから残ってるけど
 普通に上記の事は得意とは言えない。
 特に一番上のなんて。だからフレックスの職場にいるわけで。)

業務上、やれと言われても下手に理論立てて常識知ってるだけに、
納得しないとやらないこともあるし。
納得出来なくてもやる事の方が多いけど、何かしらやる前に小言は言うし。

そう考えると、私は夫のそういう業務に対して真面目なところは認めているし、
律儀さを尊敬している。
朝ちゃんと起きて行けてエライ!

彼も自分のこだわり外の業務内容のせいか、ものすごく気負って頑張り過ぎてから回ったり、
理解されずに苛立ってトラブったりが無いようだ。
それはある意味「向いている」ってことなんだと思うのだ。

なので、今、仕事でうまく行かない人などは、自分が向いているのは
「もしかしたら自分が思っていたのと別の点にあるのではないか?」
と考えてみるのも一つの手ではないかと思うのだ。
自分だけで考えているとバリエーションが出ない場合もあると思うので、
意見を聞ける人がいれば聞いてみるのも良いかもしれない。



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テーマ : アスペルガー症候群・自閉症スペクトラム
ジャンル : 心と身体

「周囲の理解」の目的

実は最近、会社の人に自分が不得意とする種類のものについて話した。
話をした相手は上司。(といっても同い年だけど。仮にYさんとする)

Yさんは大学では心理学を専攻し、今も周囲に医師等の友人もいる方だ。
そして、本人も当然の様に定期的に心療内科でカウンセリングを受けている。
(外資系の一流企業にいたのでそれが当たり前の風潮だったそうな)

そのせいだけではないだろうが、精神病や発達障害についても差別的ではないし、
どのような状態にあろうと、仕事を全うし利益を上げられれば良いと考える人だから
私としては話しやすかった。

で、私が話したのは以下の理由からだ。

「周囲に理解してもらうことで、自分が何とかするため」

これは私の考えなので他の人がそうあるべきという話ではない。
けれど間違って欲しくないのは、私自身は
「周囲に何とかしてもらうため」
とは思ってないし、望んでもいない。

企業が利益を追求するのは当然の話で、一社員の事情が優先されることではない。
「生活のために働き続けなければならないけど、あれもこれも苦手だから何とか見逃してくれ。」
なんていう社員は私でも要らない。(今の業界にいる限り、ね。)

ただ、私が目下、出来る様にならなければならないことが(このまま何もせず進めば)、
自分が不得意とする内容とかなり合致してしまっていることが問題なのである。

ならば、私がそこで出来る事と言えば、
・自分自身が苦手を克服するか
・通常の流れを覆してもメリットのある存在になるか
だと思う。

前者は多少なりとも余地を見つけたいところだが、限度や速度がある。
では、後者であればどうであろう。
普通に踏むはずのステップではなくても、自分がそれだけのメリットを会社に与えられる方法があるのかどうか。
私はこの部分について、早めに会社側と擦り合わせを行っておいた方が良いと感じたのである。

目指すべきところが同じはずなのに違うステップを踏もうとするが故に、
違う方向を向いていると判断されたり、枠に当てはまらないことにされるのを
事前に防いでおいた方が互いにとって良いのではないかと。

要するに、会社が一方的に期待して提示した枠に、必ずしも自分は当てはまらないわけだから、
逆に自分から会社側が納得する(メリットを感じる)枠を先に提示すれば良いのではないかということだ。

最終的にそれらは会社が判断することであるし、
私が本領を発揮すれば多大な利益を上げられるほどの能力があるかというと「No」であるが、
このままの流れで行くと「より低いパフォーマンスになる」ということだけは解っているわけで。

なぜこのタイミングかというと、これからどんどん自分が苦手とする方向に進む予定である事と、
半年以上共に働いて来て、それなりの評価を得たからである。
今ならば、
「この人はちゃんとやる人」
というイメージで、徐々に方向を補正しながら、出来る限り自分が不得意なことを避ける流れに持って行けるのではないかと。

その代わり、会社が提示した枠と同等以上の会社に対するメリットを提示し生み出さねばならない。
それはそれでプレッシャーのかかることなのだけど。

繰り返しになるが、私は周囲の理解を仰いだが、それによって周囲に何とかしてもらおうとは思っていない。
自分が何とかするために、身近な権利を有した人と目的を一致していることを確認するために
理解というものが必要だっただけである。

どんな人にもどんな会社にも個々に状況は違うと思うので、何が正しいとかはないと思う。
少なくとも私は自分が出来ないことを「避けるだけ」ではなく、バーターを出して行きたいと考えているというだけ。
そのために、目先のことを「避ける」ことに対してだけを判断されたら困ると感じたのだ。

とはいえ、あらゆることはすぐには変えられないので、
目先に並ぶ案件などは何とかクリアしていくしかないのであるが。

ここだけの話。
実際のところは今まで誤摩化して来れたのだから、この先も暫くは誤摩化して行けるんじゃないかと思っていて、
本当の理由は
・それを話したときの感触を知りたかった
・「何を」「いつ」「誰に」「どう」いえば周囲が抵抗なく聞けるものかを知りたかった
ということなのかもしれない。

私なりに、社会に接触し続けている分、あらゆることは試して、現在就労でより困難を感じている人へ提供出来る情報も多いと思うので。
といって失敗してたら笑えるけど。

ま、人生それでも面白いか、と思える分だけ強くなったということか。




テーマ : アスペルガー症候群・自閉症スペクトラム
ジャンル : 心と身体

喩えられる“コップ”の材質

よく人間のキャパシティについて“コップに入った水”で喩えられるが、
私にはどうもしっくり来なかった。
“コップ”と“水”という材料は解りやすいが、どうも自分の中のイメージからすると違和感がを感じる。

私は何か物事を考えたり、他者と接して相手のキャラクターをインプットするのに
頭の中でそれぞれ“形”と“材質”がイメージ化されるのだが、
そこで浮かんだイメージとコップの話がどうもズレているように感じたのだ。
(当然私が勝手にイメージ化しているだけなので、他の人のイメージとは異なると思う)

どの辺が違和感かというと、“材質”なのだと思う。

例えば、シングルタスクとかマルチタスクとか関係なく、
人間は切羽詰まった状態になると(要するにキャパいっぱいになってくると)
いわゆる「コップに水が溢れそうな状態」になるわけだけど、
いっぱいになればなるほど、残りに余裕があるはずなのにキツくなって溢れてしまう気がするのだ。

「90%まで注がれて、残り10%だと思ったら溢れた!」
みたいな。

それで、自分の中のイメージをより詳細に描いてみたら、
「コップの材質が“ガラス”などの硬質なものではなく、
 もっと柔らかく不安定なちょっと厚手のゴム材質」

であればしっくりイメージと一致することがわかった。

要するに、たくさん注がれる程不安定になり、
満タンになってなくても、注ぎ方次第でコップがたわんだり傾いたりして溢れてしまう感じ。
ゆっくり注げば、より多く入れられるが、満タンに近づくとこぼれやすくなるし、
勢い良く注げば、脆くもぐにゃりと形が崩れて溢れてしまう。
1個1個の事はこなせるはずのことも、一気に来るとバランスを崩してどれもこなせなくなったりしてしまう。

なので、数日前に書いた記事の様に、自分で思っている以上に自分の余裕は常時確保しておくべきなんだろうなと。

ま、何に喩えるか、どんなイメージを持つのかというのは個々で違うので、
私の中ではそんな感じ。

ーーーーーーーーーーーーーーー
ちなみに我が夫をイメージ化したら
スネークキューブが一番近いという結論になった。

形・・・にょろにょろしていて曲がりにくいが、
    あるタイミングでくるんと形を変え、
    不器用なりにもそれなりの形に変える事ができる感じ。
材質・・・硬い



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ジャンル : 心と身体

天才×10<コミュニケーション

さて。最近ツイッターに連投していたのがこれ。

天才・秀才が10人集まっても、コミュニケーションがなければ10人並み以下のものしか作り上げる事ができない。10人並み以下の私はそこでコミュニケーションを作ろうと思う。

コミュニケーションがないことを「ない!問題だ!」という人間には興味がないしなりたくもない。なくて問題なら自分が作れば良い。自分は天才・秀才がつくる10人のコミュニティに入ってしまったのだから責務だ。そしていつか10人並以上のものを作れる集団にしてみよう。

『諦観』という毒がどれだけ自分を疲弊させるものかというのは、身を以て経験している。しかし、『諦観』は『客観』ではない。客観するのならば「やるべきだ」ということがわかる。楽しめ、苦しんで楽しめ。それが生きているって事だ。


私の勤める会社には、経歴華々しく、「有能」とされる人が多い。
知的かつ高い技術を持った人ばかりだ。

そこで私が感じたことは、
「しかし、制作物は三流。」

これはもう入社当時から感じていた事だが、コミュニケーションが圧倒的に少ない。
それぞれ分担してやっている人が、それぞれ解釈して、それぞれ勝手に作っている。

「なぜこうしたか」
「なにをやりたいのか」

という意志がチームとして統一した認識を持てていないままプロジェクトが進行していると感じる。
そしてそれを横断的につなげるためのコミュニケーションを取れる人間がいない。
コミュニケーションというのは、単に「会話をすること」だけを指すものではない。

それぞれの頭脳や技術がいくら高くても、そこからコミュニケーションを抜いてしまうとバランスが悪いものが出来上がる。
正に、「全員がアカレンジャー」なのである。

私は、頭脳や経歴でいうのであれば、なぜそこにいるのか解らない人間である。
確かに経験はあるが、イコール頭脳や技術、経歴があるということにはならない。
だから彼らに対して何か直接的にアドバイスをしたりするようなことはできない。
しかし、そんな言い訳は何にもならない。

自分がそこに存在しているという現実と、存在するからには「良く」すべく行動すべきだということ。

あの会社の体質について、冷静な人間は、ある程度「諦観」しているようだが、
私はそういった「諦観」というのは決して「客観」とは違うと思う。
上から俯瞰して眺めているだけだ。

だから、私は「客観」的に見て「行動」したいと考えた。
私に出来る事は、コミュニケーションを取り、彼らに足りない「バランス」を付加し、
より良い制作物にしていくことだ。

彼らを変えるのではない。
彼らが形成する“組織”を変えたいのだ。
組織に必要なのは、天才よりもコミュニケーションだと私は感じている。

これらは最近の夫との色々なやり取りについて、
「コミュニケーションスキルを高めるチャンス」
と思っている事とつながる。

頭脳明晰、華やかな経歴を持つ彼らのコミュニケーションを補うには、
よりいっそうのスキルアップが必要である。
どんな考えの、どんなコミュニケーション方法をとる人にも、
無理なくコミュニケーションを取らせるには、
会話レベルを上げるだけでなく、
それを相手にする人間のコミュニケーションスキルが高くなくてはならないからだ。

10人並以下の頭脳を持った私に出来る事は、天才達と競うことではなく、
天才達をつなげてバランサーとして存在するほうが現実的かつ効果的であるということ。

今やっているトホホな感じの案件も、私が入る前につくったものよりも良いものに仕上げて
小さく、確実に証明していきたいものだ。

----------
2010.5.30 文言改訂





テーマ : 仕事の現場
ジャンル : ビジネス

俺ってどんな「子」?

夫には今、ある程度認めている同僚がいるらしい(仮にAさんと呼ぶ)。
多分夫と同じくらいの年齢で、既婚・二人の子供のいる人だ。
なんと、子供の趣味が、我が夫の趣味と同じ「ポケモン」!

その方は色々と転職しているようだが、とてもコミュニケーションレベルが高く、
また人をよく観察している人なのらしい。
あの業界にしては珍しく「頭の良い人」なのらしい。
誰とでもそれなりにうまくやっていける人で、夫にもよくしてくれているようだ。

夫もそこそこ信頼しているようで、好きじゃない上司の事を話すのに
(というか夫が好きな「上司」なんていないんだけど。)

「Aさんも、その上司の事を
 『あの人は思い通りに行かせないと気が済まないタイプだから』
 って言ってるし!」


と鼻息を荒くして言うので、

「ちなみにAさんはあなたのことをどんなタイプだって言ってるの?」
「まだ聞いた事ない。」

「ふーん。私がその人の目を信用するのはそれを聞いてからだな。」
「明日聞いてみよ♪」←期待している様

「ま、くれぐれもお世辞を真に受けてこない様にね♪」
「だ~~いじょ~ぶだよ!」←なぜか間延びした話し方をする

そして昨夜。

「Aさんに聞いてみたんだよ。」←話すのを躊躇った様子
「えーなんて?」

「俺ってどんなタイプ?って。」
「んで、なんて?」←大抵次を促さないと話しが進まない

「・・・『痛い人。あ、人じゃなくて、痛い“子”だったね。』だって。」
「!!!!」←悶絶

私は今日からAさんを丸呑み鵜呑みで信用します。

「俺ってやっぱ、子供っぽいんかな~あ」
「いやいや、あなたが子供扱いをしてほしがってるのが解ってるんでしょ」

「やっぱそうかな~あ」
「やっぱり会社でもそうなんかい!汗」

ちなみに、夫自身が発達障害を疑うほど
挙動がおかしいおっちょこちょいさん(仮にBさん)がいるらしいのだが、
その人について

「ねえ、あなたとその人で話すと、話が成り立ってるの?」
「うん、成り立ってるよ。違和感ない。」

「そうなの?でも私と話しててもおかしいと思わないんだよね、あなた。
 一体どんな話しをしてるの?」

「Bさんはね、野球の話ししかしないからね、俺は『わかんねえ、興味ねえ』って返してる。」

・・・それは、成り立ってるといわないよ。



テーマ : アスペルガー症候群・自閉症スペクトラム
ジャンル : 心と身体

働ける幸せ

生きて行くためにはお金が必要。
息をするだけでお金がかかるという現実。

世の中にはその現実をきちんと認識し、働きたくても働けない人もいる。
理由はそれぞれであるだろうが。

私はやはり自分が行った事についてギャランティが発生し、
それにより住む場所を快適にしたり、好きなものを食べたり、
ほしいものを買ったりしていたい。
病気になれば当然病院にも行きたい。
お金の心配をしながら生きるのは嫌なのだ。

そしてその機会が与えられている状況はとてもありがたいことだと感じる。
対価を得られるからこそ、次のスキルに繋がる資料や機材を買う事が出来るし、
より対価を得るための思考をめぐらせようと考える事が出来る。

仕事なんて所詮何をやっても根本は変わらないものだと私は考えている。
それであれば、努力や苦労を要しても対価がより大きいものを望む。

とはいえ、それまでの流れ、そのときの能力というものがある限り、
急に年俸1,000万円になれるわけでもないわけだが、
それでも去年より今年、今年より来年・・・と着実に進んで行きたい。

何故このような話をするかというと、
我が夫がどうやら「とびひ」で2ヶ月くらい痒がって掻きむしっている。
漸く病院に行って抗生物質や消毒液をもらってきたのが先週水曜日あたりのこと。

医師には
「典型的なとびひではないようですねぇ・・・
 免疫力が下がっているのかもしれませんねぇ・・・」

と、どうも歯切れの悪い診断を受けたそうだ。

「何で免疫力が下がったのかな?」

という夫に、私はにべもなく答える。

「ゲームもマンガも、今好きなだけやらせているのに、
 免疫力が下がってるなんて、食生活としか思えない。
 もっと栄養バランスを考えた食事をしたら?」

 
「だって、金がないんだもん」

「金がない職業を選んだのはあなた自身でしょう。
 しかも、金がないといって栄養不足になって、とびひになって、
 病院行って、病院代がかかることこそ本末転倒でしょ。」

 
「え~でも、食費はけずらなきゃ~」

「あのね、私は今、あなたの倍は手取りがありますよ。
 だから前から家賃や生活費は折半じゃなくて、多く出すよって言ってるでしょ。
 それを、あなたが断ったのでしょ。
 そして食費食費って騒ぐわりにゲーム買ってるでしょ。」


「えーでも、ドラクエだって我慢してるもん」

「何を我慢してるかなんて知らないけど新しいゲームを買ってたでしょ。
 新しいマンガを買ってるのを私が知らないとでも思ってるの?
 毎日交換のコンタクトレンズじゃなくて眼鏡だって良いわけでしょ。
 そもそも、家賃とかは多く払うって言ってるじゃない。
 そういう全体の収入のことを考えて私は仕事選びをしたんだから。
 それを私が嫌がってるワケじゃないでしょ。
 ただ、あなたが働きたくない分、私がきちんと仕事選びすることを
 もっとちゃんと敬えよって話だよ。」


「敬ってるよ~、ちゃんと敬ってるよ~
 だから家のことだってやってるじゃないか~」


うそをつけ、うそを。
「金が無ければ無いなりの生活をすればいい。」
「そんなに大変な仕事ならやる必要は無い。もっと気楽なのをやればいい。」

とか言ってたじゃねーか。

それに私の方が多く稼いだって、家のことを夫が多くやっているわけでは
決してないわけだし、その辺はまったくもって公平な言い分とは思えない。

しかも、毎週、日勤2回、夜勤2回が通常で、イレギュラーに土日に入ったりする。
その土日の仕事を嫌がるのだが、働いた分お金になると思えばもうちょっと積極的に取り組んでほしいものだ。
毎週入るほど、今は不況で仕事がないそうだが、たまに入れてもらえるのはありがたい事だと何故思えないのか。

仕事なんて、気質で、気楽なもので。高収入なものなんてないのよ。
私だって、実際のところは裁量労働制だから、夜間やろうが土日やろうが固定の金額なわけだし、
それに比べれば、働いた分もらえるのは何と良心的なのだ、と思うがね。

本人が難しいのなら、普通の男性並みに働けなんて言っていないのだから、
その分、出来る事はちゃんとやって、普通に働いて生活を支える人間に対して
もっと敬意を払うべきじゃないのかと思う。

世の中のお父さんにしてもそう。
別に障害の有無なんて関係なく、働き続けるのなんて、基本的には大変なことが多いものだ。
嫌になるときだってあるし、理不尽な事だらけだ。

働きたくないし金がないなりの生活で充分、敬意も払えないという人は
毎日インスタントラーメンかお茶漬けで
顔までとびひして、外に出られなくなってしまえ。

あげくに、それでも尚かつ、

「金が苦しいからって言って、実家に食べ物を送ってもらおうかな」
「金に苦しいのは俺だけってちゃんと言ってね。」





テーマ : アスペルガー症候群・自閉症スペクトラム
ジャンル : 心と身体

IT業界に向いている人or向いていない人

アスペルガー症候群(自閉症スペクトラム)の情報が集まるところを見ていると
時々目にするのが、
「IT業界なら性質を生かしやすいのでは」
「IT業界には多い」

というような言葉。

果たしてそうなのか。
私もIT関連の企業に属し続ける人間として色々と考えてみる。

まず、我が夫がIT業界を志望した理由が、
「人と話さないで一人でやれそうだから」
というものだった。(夫が診断名がつくか否かの問題は割愛)

実はこういう理由で業界に入ってくる人は少なくない。
そして、IT業界にはAS傾向が高いと思える人も少なくない。
IT業界はAS傾向有無関係なく、気軽に入ってきやすい業界なので、社会に適合しにくい人の確率が高まるのは必然なのかな。
(プライベートでブログやらホームページやら作ってる延長と思えるのかも)

では、向いているのか、向いていないのか。
ずばり!向いている人もいるし、向いていない人もいます。
全然ズバリでもなんでもないです。

【IT業界の仕事】
本当のところ、会社それぞれ千差万別だとは思いますが、
一言でIT企業といっても、中のお仕事は色々です。
事務全般、プログラム、デザイン、営業、マネージメントetc。

でも、会社って、大抵の場合は顧客のニーズがあって、
それをどのように形にして要求に応え、利益を生み出していくかというところでは同じだと思う。
そして営業職などでなくても、スタッフ間のコミュニケーション(伝達や提案の繰り返し)はある。

もちろん、接客業とは違うので、常時お客さんを前にテキパキニコニコしながら会話も作業もということはないのですが、
基本的にマシンに向かって一人でじっくりというのは「作業中だけ」です。

【SE・プログラマー】
ある分野のことさえ、シコシコガリガリやって感情・感性抜きでロジックに基づいてやる仕事なので、数学に強ければ。
大抵の場合はクライアントの意向やプロジェクトの一員として作業するので、コミュニケーションは必要。
目的と違うものが出来上がっては意味が無いので。
AS傾向が高ければ高いほど、やらせればスゴ腕と思われる。
ただ、本人が納得するまでちゃんと説明しないと大混乱になる可能性大。
また、途中で「仕様変更」になったりすることは多々あるため、その辺の折り合いが難しくなる可能性がある。
組織として、ステップアップを望まれ場合はどうしてもマネージメントを要求されるので、それすら撥ね除けるくらいのスペシャリストにならないと途中でさらなる岐路が待ち受けている。

私が思うに、一人で全部作れる独自サービスや独自ツールの開発などは結構良いんじゃないかと思ったり。

【運用・ルーティンワーク】
ルーティンな運用系。
毎回同じような作業に嫌気がさし、欲を出す人間が多い中、じっとシコシコガリガリできる人は素晴らしい。
そこにデザイン要素や、フレキシブルな対応、パラレルな作業が入ってくると難しくなる可能性もあるが。
あとは、ギャランティで折り合いがつけば。
逆にこのルーティンワークで失敗をおかすと、周囲の目がより怖い、かも、かも。
それと、歳をとった時のことを考えると、どうなのかしら、と。

【デザイナー】
うーむ。個人的には難しいと思われる。
アートな感じならイケルかもしれないが、商業デザインとなると、
コミュニケーションもバランスもセンスも技術力も作業量も何もかも一緒くたに降り注いでくる分野なだけに。
しかも、年寄りデザイナーは用済みになりやすいので、その後の身の振り方が一番微妙な職種かも。

【プロデューサー・ディレクター・営業】
言わずもがな。向いてません。

変わった人が多い業界なので、そういう意味ではそれにより迫害されることはないですが、
何より若い業界で日進月歩なだけに、コミュニケーション能力も並行作業も出来ないと、
普通レベルに出来るくらいだと、逆に苦労する場面もあるかなと思ったりする。

我が夫を例にあげると、夫は結局ついていくことが出来ませんでした。
絵を描くのは上手いのですが、商業デザインに不可欠なバランス感や流行のキャッチ力、
マシン・ツールの扱いやパラレルな作業、臨機応変・・・そして人間関係。
どれも苦手だった。

まあ、最初から私も同業者なので
「そんな理由では続かないと思うし向いていないと思うんだけど。」
と言いつつ、本人の要望を優先させようと。

未だにCSSのことなどはあまりわかってない様子。
私がレクチャーすることもしばしば。

・・・そして転職。

本人の希望は、
「給料が安くても良いから、楽な仕事」
「動物園とか水族館とか」

で、具体的に自分で調べようともしないので、後者については私が調べたところ、
そんな簡単に専門課程を出ていない人が入れるところでも、多い枠でもないことが判明。
ということで、
「実験動物の管理」
に絞って私が探し、応募させた。
本人は、動物は人間よりは好きだけど、可愛がって仕方が無いタイプではない。
なので実験動物に全く抵抗はないそうだ。

しかし結果は「不採用」。

ということでさらに、私が検索。
「安くても長続き(歳をとっても)しそうな職業」
に絞ってみた。

そして今の警備業。
元自衛隊員だし、今さら「自衛隊は考えてみたら楽だったな」と言っていたので。
まあ、結果オーライなのかな?



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自ら乞食進化だァ!

(というセリフはmixiアプリの『カイブツライフ』よりアレンジ)

相変わらず我が夫との会話は噛み合ないことが大半だが、
とりあえず昨日、伝えたこと。

・私はあなたと一緒にやっていきたいことが前提にある。
・「自分にとって良い」というのがどういう状態か私も考えあぐねている。

 1)喧嘩はしない方が良い
 2)この業界を続けてきたからには魅力的な職場も捨てがたいが大変なこともわかっている
 3)忙しいと喧嘩になるかもしれないから、忙しくない仕事を選ぶという基準では選びたくない
・しかし仕事が忙しければどうしても神経は尖ってしまう
・大変な仕事もやりながら、家であなたの楽な様にという両方は出来ないこともある
・大変な仕事をに就く場合は、それなりのあなたの助けを必要とする


ということ。
具体的な話は、寝る前だったし、長引くと揉めるのでしなかったのだが。

要するに、私の中にいつもある危惧は、
「生活は何とでもなる。最悪乞食だって生きてるわけだし。」
という夫に、私は同意しかねるわけだ。
やむを得ず、どう頑張っても乞食になるときはなってしまうのだろうが、
ならないように頑張るというのを今やっておきたいわけです。
やらずに乞食になってしまうなら勝手になってくれて結構なのですが、
一緒に乞食になりたいわけじゃないわけで。。。
そうならないように、今より数年先のことなどを考えて仕事をするわけで。

まあ、いまいち自分の何が大変かをわかっていないようなので、
夫にも言いたいことは山々あるとは思う。

そして
「そんな先のこと心配するなら、明日事故に遭って死ぬかもって毎日心配して生きるのかよ!」
という極論も、慣れたは慣れたが、やはり筋違いな極論でしか無く。

1つずつ無理が無い程度のルールを考えていくしかない。
そしてそれを「やらされている」と思わせないようにしなければならない。

あ、あと昨日作ったルール。
・夫は超褒められたガリなので、これからは遠慮なく褒めることにする。
・褒められた夫は即座に私を褒め返す。

というものだ。
「それだったら俺は簡単に出来る!」
と大喜びだったが、果たして。
私は未だ、夫が褒め上手の乗せ上手、人に感謝などというのをあまり得意な様に見受けていないが、やってみようと思う。
彼の望む「平等で柔らかい世界」というのはいかなるものか。

※やっぱり最近、家庭外のところでSST的なものを考えた方が良いのかとも思っている。
 私だけがカウンセリングを受けるでも良いが、世の中のこと、パートナーのことなど
 私の主観ではない部分の目線で知ってほしいことがあるからだ。
 障害であろうと、相互に理解を示す姿勢がないと、結局どちらか一方に負担がかかるものではないのか、と。
 考え中、、、



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