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わけあって、私もWAIS-Ⅲを受けました

色々とわけがあって、私もWAIS-Ⅲを受けました。

まあ、このタイミングで受けておいたほうが、今後何かと良いかなっていう感じで。
検査結果は出ているのだけど、診断自体はまだ。

色々とハッキリしたら、書くかもしれないし、書かないかもしれない。
ツイッターとかには逐次書いてるのだけど。

んで、色々思うところはあるのだけど。
よく耳にする
「自分の凸凹を数値で見て、悩む」
とかは、特にない。

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テーマ : 発達障害
ジャンル : 心と身体

病院を変える・増やす

現在定期的に通っている病院は、
住んでいるところの最寄りの駅近くにある『脳神経外科』である。
おつきあいは程々に長い。
主に片頭痛のために通っている。
片頭痛での通院歴はもう10年近くにもなるのかもしれない。

そして、約7~8年ほどは、不眠で睡眠導入剤をついでに出してもらったりしている。
とても助かっている。
今の私にとっては、「負荷なく定期的に眠れる」ということはとても重要で、
精神のバランスに繋がっている。
何故なら、定期的に眠れるというのは、定期的に仕事ができるということだからだ。

昔は昼夜逆転は当たり前で、眠れないことを周囲に咎められたり、
無理矢理仕事に合わせるために2日に1回の睡眠サイクルにしていた期間もある。
正直、その頃はとても精神的に不安定だった。

私が眠れない理由というのは、
「寝なければならないのに眠れない」
というのもゼロではないのだが、
その根本にあるのは、
「寝てはいけない、寝るのは無駄、寝るのは悪」
という、何と言うか強迫観念というか、人生に対する焦りがある。
その反面、「寝なければ普通には働けないから寝なきゃ」という焦りもある。

何故こんなこんがらがった考えが刷り込まれてしまったのか自分でもよくわからない。
けれど、今は何はともあれ、経済的に安定させるためには働かねばならなくて、
二度と、まともに生活を送れない時には戻ってはいけないという強い想いがある。

最近、ずっと飲んでいた薬が効かないときが増えて、正直焦っている。
薬を変えてみたら今度は朝がとても辛くなったり、寝起きから頭痛になったり、
一日薬が抜けない感覚だったりする。

今の主治医は色々と聞いてくれて、薬を変えてみたりしてくれるのだけど、
専門ではないため、どうしても自分の根本にあるぐちゃぐちゃした考えまで話せない。

また、夫との関係が、私にとっては意外に精神的にも左右されるし、
例えば睡眠や仕事(収入)のことで問題に思う事があったとしても、
夫には相談出来ない。
揉める結果になるのが何度も繰り返されている。

という色々な条件から、診断を受けるつもりはないのだけど発達障害にも理解があって
メンタル的な相談もしながら、自分のケースに見合った処方をしてもらえる病院のほうが
良いのかなと思い、病院を変えることにした。

とはいえ、片頭痛薬をそこで処方してもらえるかはわからないので、
もしかしたら、今の脳神経外科は継続し、睡眠他の相談は新しいところという
棲み分けをするかもしれない。

しかし、成人の発達障害に理解がある病院は少ないせいか、
予約を取るのでも大変なのですね。

今、1カ所予約をしているのですが、何と、初診は半年後。
そして、友人が通っているADHDの専門のクリニックは、
月に1回、初診の受付をしているのだけど、1時間余りでストップしてしまうようで、
とりあえず12月の予約は無理でした。(電話が混雑で繋がらず)

半年の間に、チャレンジしてみようとは思っているけど、
平日に予約受付となると、仕事中になるので、今後も無理かもしれない。

ともかく、私自身の不安要素を一つでも減らしたいのだ。

ってことを、ようやく機嫌が直った(こちらから直すべく動いたのだけど)夫に話したが、
わかってくれたのかくれないのか。
というか、わかってはくれていないと思うのだけど、
ま、仕方ないですわ.

よく眠れる人に、眠れない他人の悩みや焦りは理解しにくいだろうし、
私も夫に根気よく伝える余裕がないのだと思う。
そう言う時に夫にゴネられると、本当に自分が不安定になってしまうのだと
今回、本当に痛感した。

やはり自分のことは自分で何とかしよーっと。ということで。
色々、心配をしてお声掛けとかしてくださった方に
本当に感謝しています。ありがとうございます。





テーマ : 発達障害
ジャンル : 心と身体

困っているので

16日(水)から、夫との仲がこじれており、
その原因もそうだし、この状況にも困っているので、
近々カウンセリングに行こうと思っている。

前回は転職活動中だったので行き慣れている土地の中で
成人発達障害も診てくださるところにしたのですが、
今度は、通勤経路の途中にあるところにしようかと思っています。

私も夫も確定診断を求めているわけではないし、
夫は困っている自覚がないので、多分行く事はない。
困ってるのはいつも私。

なので、
・発達障害の特性に理解があり、
・睡眠コントロールと、
・夫婦間のこと
について話せるところにしようかと思っている。

まあともかく、発達障害のことを理解している人とでなければ、
一体何に困っているのかが伝わりにくいだろうし、
私が何故「眠る」ということに過敏になっているのかも
伝わらないような気がする。

今は脳神経外科に通院して頭痛の薬を処方してもらうついでに、
安定剤や睡眠導入剤などを処方してもらっているが、
自分のニーズに合った薬を処方してもらいたいので、
そうなると、心療内科などが良いのではないかと。

友人にADHDのクリニックを紹介してもらったが、
やはり予約は取りにくいとのこと。
今は本当にどこもいっぱいですね、発達障害関連。

とはいえ、私はADHDの特性で「困ってる」わけでもないからなーとも思うし。
不具合はあっても、それなりに付き合えているような気がする。
睡眠の事と、夫婦間の悩みってことになるのかな。
悩み相談室じゃないのだけど^^;

でも、もういい加減、棚上げし続けられない問題が出始めてるってことなのかな。
そしてそこに発達障害が絡んでいるって感じ。なのかな。

ともかく、今とても不安定な状態にあるので、今のうちに何とかしたい。
んで、そうやって動けるうちに病院に行ったりすると
「あなたはとてもしっかりした人だから大丈夫」
とか言われちゃうんだよね。
なになに、もっとあからさまに問題を抱えているっぽい風貌とかで行かないと駄目なの?

とかなんとかね。

他にも病院を色々紹介してもらったので、もう少し考えてみるけれど。
99のことで夫を許容しても、1駄目だったら
「大切にされていない、愛されてない」
と断定して、建設的な話し合いが出来ずに拒絶されるのはもう勘弁。
私の事情を聞こうともしないで。
自分の都合ばかり。何でも他人のせい。





テーマ : 発達障害
ジャンル : 心と身体

自分だけのオリジナルレシピを作ろう

ちょっと久々の更新となりますが思うことがあったので、
平日だけど書きます。
※出来具合によっては後日加筆修正する

実は先日ツイッターには書いたことから少し考えがまとまったので。

私は心理学などの本はそこそこ読んで来たのではあるが、
「自己肯定本」的なものによって状況改善に繋がったことはない。
もちろん、例えば
「あなたの親が言ったりしたりしたことは、あなたの責任ではない」
というような『部分』としては、なるほどと思ったし、ヒントにはなった。
確かにそうである。

けれど、目下立ち向かわなければならない問題、自分が抱える不具合はそれによって改善するわけではなかった。
問題は
「だったら、この先、私はどうしていけば良い?」
ということだったから。

親との確執(というか私が親を極端に恐れてパニックになる不具合)は、
「親との対峙」「事実を書き連ねる」「第3者を交えて話し合う」
などを実際に行えば、自分の心の整理が出来るかもしれないのだが、
私が一番必要としているのは、
「私はどうしたいのか」「私がどう在りたいのか」であって、
そこに親本体の存在というのは実は関係のないことだと気付いた。

そこで私が手にしたのは「自己改革」についての本だった。

「私はどうしたいのか」「私がどう在りたいのか」

私は、本当の意味で強くなりたかった。
私は、本当の意味で他者を大切にできる人間になりたかった。
私は、本当の意味で他者を愛せる人間になりたかった。
私は、あらゆることを自分で選択し、責任を取れる様になりたかった。

そのために、他者に変わって欲しいこと、やって欲しいことなんて何一つなかった。

今でも、良書だったと思える本は2冊ある。
(それ以外にもたくさん読んだけれど)

ただし、それ以外の多数の本が全て駄目だったとは思っていない。
根本的な、そして最後の一押しが足りなかっただけで部分的にはとても良いことや
役立つことが書かれていたと思う。
全ての本から、自分に相応しい部分をピックアップしていった。

その結果、自分が相当間違ってることに気付いた。
間違ってやってたこともあるし、間違ってるって思い込んでる間違いにもね。
私が変わることで色んな物の見え方や、他者との関わりが変わっていった。

こうやって、私は、私だけのオリジナルレシピを創り上げていったのだ。

1から10まで自分の納得がいく、自分に相応しいことばかり書かれた本なんてない。
経験談だってない。
その中からどうやって自分に相応しい部分を抽出していけるかだ。

実際、本なんてそういう風に読むものだと私は思う。
「~だ」と言い切りで書くのなんて、本を作る上での作法だし、
全ての切り口でなんて書けるわけがないのだから、
ある一つの切り口を元に言い切りのように書いてあるだけで、
読み手は常に「~という場合がある」と置き換えて読むものだと思っている。

自分に合わない部分が出て来たからと言って、都度駄目出しをしていたら、
きっとどんな本だって駄目になる。
そういう駄目出しをする人は、どんな場面でだって「駄目なところ探し」をしているんじゃないかと思う。

困ってるのは自分。
変わらなければならないのは自分。
批評家なんかじゃない。

そうやって、自分のためのレシピを徐々に創り上げていけば、
きっと希望は見えてくるのじゃないかと私は信じている。

誰かと一緒のレシピなわけないんだよ。
別の人間なんだから。
きっと、諦めず探していけば、創り上げられる。
今が出来ていないからって『駄目』なわけでもない。
全てはこれからじゃないか。




テーマ : 発達障害
ジャンル : 心と身体

過去のエピソード(3) 意外と“まとも”?

私が未だ20代前半の頃、散々職場で「変人説」が出回った頃、
部署の改編があり、上司も変わった。

そのとき、その上司に言われた事。

「相当変わってると聞いてたが、意外とまともなんだな~」

はい?
そういうのを本人に言っちゃうの?
だからあなたは「腹話術人形」なんてコードネームをつけられちゃうんだよ。
(心が無いようなことを平気で言える人形顔)

んで、何のキッカケでそういう発言になったかというと、

「社内用の靴の紐を私が自分で通していたから。」

私からすれば、
「ええ!?じゃ、誰が通すものなの?
 自分のものは自分でやるのは当たり前でしょ」

なのだけど、その上司曰く、

「うちの息子なんて、自分で通せって何度も言うんだけど、
 やらないからカミさんがいつも仕方なくやってやってるんだよ~」


・・・それは、結局やってやるから、本人がやらないだけで、
まともとか何とかじゃなくて、単に育ち・甘えの問題だよね。

やってあげなきゃ良い。
本人がそれで困るならやればいいし、
困らないなら紐なんて通さずに履けば良い。

そんなことを取り上げて「まとも」だとか「まともじゃない」だとか言われても困る。

ちなみに「案の定、まともじゃない」と言われた事はないが、
最初に「まともじゃない説」が流れやすいのも事実としてあるわけで、
本当に何が出所だったんだろうと未だに不思議。

本人の耳に入ってくる事と入ってこない事があるし、
他者に迷惑をかけるような非常識を働くことはそうそうないと思うので、
もっと別のところだったのだろうな、と思う次第。





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ジャンル : 心と身体

過去のエピソード(2) 周囲の目・社会のマナー、単なる好き嫌いの問題

(A)女性は人前で喫煙すると嫌われる

私はかなり若い頃からの喫煙者である。
両親が喫煙者だっただけに、怒られた事は無い。
(ポイ捨てが見つかって殴られた事はあるが)

で、私が社会に出てからも普通に喫煙していたのだが、
同期や同僚の男性は当然喫煙者が多かった。
そして女性にもいたのだが、彼女たちは皆、会社では吸っていなかった。

私には理由がわからなかった。
なので、普通に喫煙する。

そうすると、世話好きな先輩方は言う。

「女性は喫煙するのはどうなのかな?」
「? なんで女だとダメなんですか?」

「女性は子供を産むしさ。」
「?? 隣にいる男性は良いんですか?」

「まあ、人前では避けた方が良いよ。」
「??? え、なんでですか?」

「ほら、節操がない感じがするっていうか、それを良く思わない人もいるってことで。」
「???? 喫煙に節操とかあるんですか?しかも、見て不快なのと実際の善し悪しって違いますよね。」

「女性は気をつけた方が良いよ。」
「????? あの、よくわかんないです。」

良かれと思ってくれた人だったと思うのだけど、何の説得力もなくて私はそのアドバイスは聞かなかった。
歯向かうというよりも、意味がわからずキョトンとしていた。
当然、向こうも「こいつは言っても無駄」って思ったことだろうと思う。

今は、良く思わない人もいるし、嫌煙家というのもいるくらいだから、そういう考えがあるっていうのは理解している。
例えば打ち合わせに行く時、面接の時、喫煙しない人と一緒の時は持っていく事自体しなかったり、
吸う前には確認したりする。(喫煙席ってしっかり分けられてるしね)
要するに、場を選ぶ必要性も全く解らないではない。

けれど、理屈的に理解しているかというとそういうわけではない。
ただ、そのようなこともあるのだから、面倒だし使い分ける必要性はあるのだな、ということ。

(B)カラーリングは「遊んでいる証拠」

私の勤めていた会社はとても真面目な会社であったし、女性の数も少なかった。
私はその中でも特に目立っていたらしい。
どこがというと、その理由の一つに、髪の毛の色が挙げられた。

別に、茶髪だっただけなんだけども、当時は女性が当たり前にカラーリングする時代ではなかった。
だからとしか言いようが無いけど、正直今みたいに猫も杓子もカラーリングするようになるとちゃんちゃらおかしい。
それゆえ、今の私は黒髪だ。

さらに、私は男性の同期や同僚と一緒に行動することが多かった。
女性が少ないのだし、男性の方が付き合いやすかったのでよく飲みにいったりしたものだが、
その度に
「また男を替えた」
「あの人はコロコロ男を替えるね」

という伝説が一つ追加されるわけなのである。

当時私は付き合っている人も社内にいたし、一人につき3年前後は付き合っていたわけで、
どこからそんな発想が生まれるかも理解できなかったし、よほどヒマジンとしか思っていなかった。

同期の子から、その子の職場で流れる私の噂をきいて、根拠を聞くと
「髪も染めているし、遊んでいるに違いない」
っていうことらしい。
全く前半と後半のつながりがわからないが、そう見る人が多いということを学んだ。

で、私はそれでどうしたかというと、
「その人は、私にそうあって欲しい(遊び人であってほしい)という願望を持っている、
 私に実は興味がある人なんだろうな~。かわいそうに。」

と相手にせず、自分はそのまま変わらず。

もう一つオプションで、
「ほう。人を見かけだけで判断していいならば、私もそうしよう。
 あの人はデブだから厚かましい。あの人はブスだから性格が悪い。
 そう言う事でOKだな。」

という時期があった。
これは屁理屈だとわかっていたわけだが、
一方的に理不尽な言われ方をすることへの疑問は少なからずあったのだと思う。

ともかく、周囲の目を気にして、変な社会常識を押し付けられる事は散々あったが、
自分で善し悪しの区別を都度していたと思う。
もちろん、初めて知った事で直した方が良い事もたくさんあり、都度直して来たわけだけど、
接客業でも何でもなく、他人に被害を与えていないのにとやかく言われるのは無視していた。

関わるようになると、見る目を改めてくれる人も多かった。
「意外にまともなんだなぁ。もっと変な子だと思ってたよ。」
と言われた事もある。
(このエピソードの詳細は別途書くかも)

意外にって何さ、と。
勝手にまともじゃないと決めつけていただけじゃないか、と。
だいたい、まともって何だ?
でも、他人ってそんなもんだよな、と。
自分も他人の本質なんてよくよく関わるまでは知っているようで知らないわけで。

多くの場合は、自分が見たいように見ているものなのだから、
基本的には、自分が「こう思われたい」と思うようにすれば良いのだと思う。
全てを周囲に合わせる必要もないし、かといって
自分の行いが与える印象を完全に無視して逆の見られ方をしたいというのも無理がある。




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ジャンル : 心と身体

過去のエピソード(1) 曖昧さは苦手・・・だった

以前から書いている様に、過去のエピソードだと夫なんかより私の方がよっぽど変だった自覚がある。
(注:夫の場合は色々なエピソードを都度スルーして記憶に薄い可能性は大きいが。)
なので、いくつか挙げてみようと思う。

曖昧さが苦手だった事。

(A)テストの回答欄
過去記事にも書いた事があるが、テストの回答欄は、
解るものはきちんと埋め、解らないものは空欄だった。
「解らないものは書きようがないし、
 仮に変な回答をして笑われるのは嫌だ。」

という精神からである。
△を稼ぐという概念が皆無だった。
よって、良いときはとても点数が高く、悪い時には非常に点数が低かった。

(B)曖昧・漠然とした質問
曖昧・漠然とした質問内容には答えられなかった。
まず、意味が解らない事に対して答える意味を感じなかった。
なのでこれもまた空欄。

ここで一つ人生の上で忘れられないエピソードがある。
それは学校推薦枠で入社したときの話。

【会社説明会】
まずは会社説明会に参加したら、アンケート的なものを延々と書かされた。
その後、学校を通して会社から私に対するクレームが入った。
「やる気が無いなら来なくて良いです。」
とのこと。
私にとっては「いきなり???」なことだったので、先生に理由を聞くと、
どうやらその
「アンケートを埋めていない項目が目についた」
という理由だった。
「え~?そんなんでやる気の有無とか測られるものなの?」
と驚きつつも、
「なんか面倒な事言うなあ、だったらそこに行かないから良いです、先生。」
と伝えると、先生はどうしてもその会社の推薦枠を保持しておきたかったらしく、
(大きいし、悪い会社じゃなかったから)
何とか受けてくれということだったので、受ける事にした。

【役員面接】
これには2つほど変なエピソードがある。

●身だしなみ
私は私立のまあまあ悪くない進学校に行っていたのだが、服装はかなり自由気ままだった。
(周囲は真面目な子が多かったので、私くらい気ままな人はそうそういなかった。)
いざ面接で、
「靴はどれを履いていったら良いんだ?」
となって、ローファーやその類いのものを一切持っていなかった私は
適当に一番真面目に見えるコンバースを履いていった。
だって、他は安全靴とか上げ底っぽいのしか持ってなかったんですもの。
そしたらそれで面接官(役員)一同びっくりたまげたらしい。
まあ、今考えると苦笑せざるを得ないのだけど。

●暗黙のルール
面接の場で、色々質問はされたが、父親の訓練(?)のおかげか(前日まで何もしない私を見かねて)、
大抵のことには答えられた。
ただ一つだけ、意図の分からない質問が出て、あるがままに答えた。
「我が社の中に知り合いはいますか?」
「・・・?はい、います。(何でそれを知ってるんだ?)」
「ほう、何と言う人ですか?」
「おそらくA部のBさんという人ですが。(役員の人がイチ社員を知ってるのか?)」
「・・・ほう。どのようなお知り合いですか?」
「・・・友人がカッコいいから名前を聞いて来て欲しいというので話しかけてからの知り合いです。」
という逆ナン暴露を繰り広げたのである。

普通は、コネの有無について聞いてるんだよね、きっと。
でも当時の私はそんな考えは一切なく、聞かれるままに本当のことを答えましたよ。
馬鹿ですね。
あとで意味を知って、
「だったら『コネはあるか』とハッキリ聞いてくれれば良いのに変な聞き方をするな!」
と思いましたね。

夫に最近その話をしたら馬鹿にされたけど、
「あんただってその年齢だったらそう答えてるよ!!!」
と言いたい。
いやはや、若いからとかじゃなく、当時の私はハンパ無く空気読めない人だったと思うのだ。

で、そうまでして何故合格したかというと、
・1つには、テストの点が断トツで良かったから。
・もう1つには、変わった子だけど面白いし、化ける可能性があるから。

らしい。
いや、あんまり化けずに現在に至っていて申し訳ないが、
まあその会社にいた7年間、散々変な人扱いされたんだから良いじゃないか。
特に人事や事務系の職場の人から伝播して、最早、社内の伝説の様になってましたけど。

そんな感じで1つ目のエピソードは濃い感じで終了。



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情報処理能力の不具合を自覚した時期

これについては、色々考えてみたのだけど整理がつかないので箇条書きにメモ程度になってしまう。
なぜ整理が出来ないかというと、まだ細かく自分の中でデータを揃えられていないのもあるし、
耳からであろうと、目からであろうと、情報処理能力が偏っている事自体は中学くらいから出ていたし、
自分が「納得」するまでは出来ない頑固さ・要領の悪さを持っていたのはもっと小さい頃からである。
これらが併さって起こっている不具合もあったのだと思うし、
どこからが視覚発達障害、聴覚発達障害、学習障害という切り分けが自分の中で出来ていない。
(知識的にここはまだ少ないということだ)

また、それが精神的に拒絶している部分もゼロではない気もしている。
例えば、苦手な歳上の人から高圧的に言われるとシャッターが閉まる感じとか、
自分が苦手だと思っている科目などになると途端に読めなくなるというのが、
どこから元々の特性からなのか、後天的なものなのかがよくわかっていないということ。

■特定の文章が読めない
 (字と字がバラバラになって、意味を把握するのに一旦脳内で結合する作業が必要
 →中学の頃からあった。特に数学や化学、試験問題の例題などが読めなかった。

■他者の言葉が耳に言葉として入らない
 (音として認識されるときと、それすら出来ないことがある)
 →これも中学くらいのことから自覚しているが、主に親の言葉にしか注意して考えていなかったので、
  それ以外の人の言葉がどうだったかが不明。

■音楽を聴きながら思考できない
 →元々勉強とかはしなかったタイプなので、確実におかしいと思い出したのは
  3~4年前とかそんなもの。
 →デザインしながら音楽は聴けるのに、少しでもプログラム要素は入って来たり
  メールの返信を書こうとすると考えられないことに気付いた。
  そう考えるともう少し前から、思考出来ないことに困ってた気がする。

■耳から入った情報は理解できないが、視覚から入った情報は映像として記憶する
 →詳しくはこちら
 →これは高校の時。いくら授業を聞こうがノートを頑張ってとろうが覚えられない事が、
  黒板に書かれたものは絵としてそのまま覚えられる事に疑問を感じていた。
 →そのくせ生徒全員の住所録(氏名、住所、電話番号、出身校)などを丸暗記したりなど
  記憶力が悪いわけではないと自覚していた。
 (ていうか授業は聞いても解らない事が多く、中学の頃から寝る専門だった。^^;)

そんな感じで、おかしいことは起きていても、
・そんなもんだ
・親が「やれば出来るくせに怠けてる」というからそうなんだろう
とかそんな風に思っていたので、思い返して整理するのは難しいかも。

確かに、授業を受けようが、塾に行こうが寝てばかりいたのに、
成績が良いときは良いし、自分でもやればやるほど効果が上がるわけではない状態に
疑問はずっと感じていたからそう思われても仕方ないのだけど、
頭良いという評価が正しいのか?そのわりに読もうとしても意味がわかんないんですけど?みたいな。

でも、私の場合、仕事でも2年以上は必ず続ける、と決めていて、
最初の3ヶ月~半年経つとそれなりに何でも出来る様になってしまうので、
(そうするとどうしても苦手な事は避けられるようになる)
あまり環境として不具合を強く受け止める必要がなかったという。
今は歳も歳だから、苦手とかで避けられる状況にもなくなっていて、ちょっと困ってるけども。ハハ。
見かけも怖がられるのでバカにされることもないし、うまく誤摩化してこれた分、
本格的に不具合を自覚した時期って思い返そうとするとちょっと難しかった。^^;





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